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社長日記

2007年1月25日 No.151

2007年1月15日 No.150

2007年1月9日 No.149

■■がんばれ建設,活かせISO■■■■■■■■No.151■■■
〜建設業,ISO専門の業績アップの秘策〜
作者;ハタ コンサルタント株式会社 降 籏 達 生
■■■■■■■■■■■■■■■■■2006年1月25日■■■

■〔1〕無名碑

■〔2〕編集後記

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■〔1〕無名碑
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お世話になっている皆様
いつもありがとうございます。

■私は,大学の工学部土木工学科を卒業してからゼネコンに入社し
ダム,トンネル工事に従事してきました。

もとはといえば,小学生の時に映画「黒部の太陽」を見て,
石原裕次郎の姿に憧れ,土木の道に進むことを決意したのです。

■20歳代から30歳代には,ダム,トンネル現場の飯場くらしでした。
昼夜24時間,コンクリートを打設したり,トンネルを掘っていました。

現場の職人とよくどなりあいの喧嘩をしたものです。
だからこそ,職人とお酒を酌み交わすのも仕事のうちで,
毎日のようにどぶろくを飲んでいました。

1ヶ月の間に休日は1日か2日でしたが,
たまの休みには,夏は山登りか川釣り,冬は山スキーという毎日でした。

多忙だけれど充実している,そんな土木屋人生でした。

■飯場にて読んだ本に「無名碑」(曽野綾子著)があります。

「無名碑」は,昭和20年代から昭和40年代にかけて土木工事に従事した
技術者の物語です。
只見川の田子倉ダム建設,名神高速道路建設,そしてタイの道路工事
がその舞台です。

「無名碑」(曽野綾子著)講談社文庫
http://www.amazon.co.jp/%E7%84%A1%E5%90%8D%E7%A2%91-%E4%B8%8A-%E8%
AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%81%9D-1-3/dp/
406131419X/sr=8-2/qid=1169651926/ref=sr_1_2/503-5400221-5661531?ie
=UTF8&s=books

(URLを改行していますので,リンクする方は行をつなげてください)

■若い土木技術者である主人公竜起と,その妻 容子がダム現場で
新婚生活をはじめ,ダムサイトで次のような会話をします。

「あなたがあそこにダムを作るのね」
「僕も作る」

「名前は書かないのね。あなたの仕事は」
「そうだよ。小説家とは違う」
竜起は思い出して笑った。

「書かないのがすてきだわ。
名前は残らないほうがいいの」
「僕の仕事は一生どんなにいい仕事をしても
個人の名前は残らない」

「でも,私たちの子供が覚えていてくれるでしょうね。
私,子供に教えるつもりよ。
このダムはね,お父さんが作ったのよ,って」
「それで十分じゃないか」

■これが「無名碑」です。
建設業に従事する人は,生涯にいくつかの「無名碑」を
刻むわけです。

人知れず碑を刻みながら生きていく,
そんな人生を歩みたいものです。

■〔2〕【編集後記】
きょうは,和歌山県に来ています。
新大阪よりくろしお号に乗って2時間30分。
懐かしく暖かい空気にホッとしています。

■■がんばれ建設,活かせISO■■■■■■■■No.150■■■
〜建設業,ISO専門の業績アップの秘策〜
作者;ハタ コンサルタント株式会社 降 籏 達 生
■■■■■■■■■■■■■■■■■2006年1月15日■■■

■〔1〕専務に感謝

■〔2〕編集後記

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■〔1〕専務に感謝
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お世話になっている皆様
いつもありがとうございます。

■K社のAさんは,子会社S社の専務取締役に出向となりました。
子会社のS社は,レンズの研磨工場です。
戦後一貫して苦しい経営で,K社に買収された後も赤字経営でした。

レンズの研磨は,大変厳しい仕事で3K(危険,きたない,きつい)職場です。
そのため,小さな会社でありながら労働組合がありました。
上部団体もあり,専従の組合員もいて,大変活発な組合活動
をするという会社でした。

■Aさんが出向して2年間は引き続き赤字でした。

しかし,足掛け3年経ったとき,月次決算ではじめて黒字が出たのです。
そしてその後も,しばらく黒字の月次決算が続くようになりました。

ようやく黒字体質ができたと思ったとたん,バブルの崩壊が起きました。
周囲の人は,また赤字転落かと思っていましたが,その後
6年経っても経常利益10%をきちんと出す会社になっていたのです。

■ではAさんは,専務取締役として何をしたのでしょうか。

Aさんは,まず会社への不信感で凝り固まった人たちを相手に,
誰彼となく,「人間として何が正しいのか」
ということを説いて回りました。

親会社から,自分たちをいじめるために来ただけの男だと思って
敵対心にあふれている人たちを相手に,ひるむことなく現場に出て
経営者としてではなく,人間として何が正しいのか
その1点で作業員一人一人をつかまえて,論争を挑んでいったのです。

■はじめは,話を聞いてももらえませんでしたが
一人また一人と耳を傾けるものが出てきて,結局はガチガチの
組合思想に凝り固まっていた幹部連中も,いつのまにか
彼の意見に賛同し始めたのです。

黒字になったのは,従業員の人間としての生き方が変わった結果,
起きた現象だったのです。

■ある日,Aさんは従業員の家族から手紙をもらいました。
少々長いですが,紹介します。

「拝啓 専務殿

貴方にはいくら感謝しても感謝したりないくらいです。
お礼を申し上げます。
私の主人は今まで組合運動なんかをして,実は家ではグウタラで
子供にまで馬鹿にされていました。

それが貴方が来られてから,うちの主人は目の色が変わってきたのです。
朝は早くから会社に行きますし,晩は遅くまで仕事をします。
帰っていても,言うことが変わってきています。

また,それを見た子供が最近,主人を尊敬し始めたのです。
子供が小馬鹿にしているお父さんというのは,
私は大変悲しかったのですが,最近のお父さんの行動を見て,
子供が尊敬し始めました。

お父さん自身がいきいきしてくると,家族までいきいきしてきました。
子供もお父さんを尊敬するようになって,
家庭が本当に明るくなりました。
なんとお礼を言っていいかわかりません。
かしこ」

(参考文献 「稲盛和夫の実践経営塾」稲盛和夫著)

■名経営者の条件があるとすれば,まずは人間として正しいことを自ら
実施し続け,社員さんの尊敬を集めることではないでしょうか。

技術や経理知識など時代,時代に必要な知識を学ぶことを末学といいます。
これに対して,徳を身につけたり,人間として何が正しいのかなどの
人間学を学ぶことを本学といいます。

本学を身につけることの重要性を感じます。

 

■〔2〕【編集後記】
12月27日に本メルマガにてに子供が「死」への認識が
希薄になっていると書きました。

しかし,1月13日付けの中日新聞には次のように書かれていました。
「子供10万人あたりの自殺者数は約1名で,ここ25年変化していない。
しかし,大人の10万人あたりの自殺者数は,1980年の16人から,
2005年には25人に急増している」
こどもよりもむしろ大人が問題です。

ホテルの経営幹部をされているDさんより届いたメールをご紹介します。

『昨年12/20から年末年始のアルバイトに入った中年女性が寮に
書置きを残して失踪しました。
生きていく自信が無い、どこかで死にますという内容でした。

即、警察に届け出て、3日後に
○○県の警察から連絡が入りました。
ビジネスホテルで服薬自殺未遂でした。

命には別状がなく、その後に本人とも話す機会が
ありましたがホットいたしました。

生きていく過程の中で他人には計りしれない辛いことがあって、
おそらくそれを受け止めてあげる人がいなかったのかもしれません。

若年者の自殺も関心を持って接する周囲の人が少なかったの
かもしれません。

今年は○○において1人でも多くの社員と接するのが目標です。
これができれば年末には多くの社員から多くの教えられることが
多かったと思われる年になると思います。

不軽菩薩は人の中に仏(仏性)を見て石や木を投げられても、
汝を敬うと唱えつづけた菩薩です。
私には到底なれない存在ですが理想の姿です。

■■がんばれ建設,活かせISO■■■■■■■■No.149■■■
〜建設業,ISO専門の業績アップの秘策〜
作者;ハタ コンサルタント株式会社 降 籏 達 生
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■〔1〕これから100年

■〔2〕編集後記

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■〔1〕これから100年
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お世話になっている皆様

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

■私の手元に1901年1月2日付 「報知新聞」の写しがあります。
その紙面には「20世紀の予言」と題し,
これから始まる20世紀がどんな時代になるのかを予言しています。

1.無線電話が発達し,世界中で話ができるようになる。

2.野獣が滅亡してしまう。

3.19世紀には50日かかった世界一周が,20世紀には7日間でできるようになる。

4.衛生技術が進歩し,蚊およびのみが滅亡する。

5.新機器が発明され,暑さ,寒さを調節する空気を
送り出すことができるようになる。

6.電気の力で植物を成長させることができるようになる。

7.電話口にて相手の顔が見られる写真電話ができる。

8.写真電話の発達により通信販売ができるようになる。

9.薪,石炭に代わって電気の時代となる。
日本は琵琶湖,アメリカはナイヤガラの滝を用いて
水力発電をし,それぞれ国内に搬送できるようになる。

10.19世紀に発明された鉄道が進歩し,東京〜神戸間2.5時間で移動できる。

11.気象学が進歩し,天災は1ヶ月前に予測ができるようになる。
また暴風が起きそうになると大砲を空中に発射してこれを
収めることができる。
建築技術が発達し,地震があっても建物が崩壊することはなくなる。

12.運動技術,外科医術の発展により,身長は178cm以上になる。

13.医術が進歩し,薬剤の飲用なくなり,電気針にて苦痛なく
局部に薬液を注射し治療することができるようになる。
また内科の90%は外科医療が可能になり
肺結核でも肺を取り出して菌を殺すことができるようになる。

14.馬車はなくなり,自転車,自動車がこれに代わる。

15.獣語の研究が進歩して,小学校に獣語科ができる。
人と獣は自由に対話することができるようになる。

16.人智は遺伝により大きく発達するので家庭での教育が不要になる。
そのために幼稚園が無用になる。

(一部省略)

■19世紀には奇跡と思えたことでも,20世紀にはその大半が成し遂げられています。
獣と話をするとか内科医術をなくすなど,まだ到達していないこともありますが
科学技術の力の偉大さに改めて驚きを感じます。

これらの内容を見ると,20世紀のテーマは,「発展」だったように思います。

■さてそれでは21世紀にはどのようなことをなし得るよう
私たちは努めないといけないのでしょうか。
21世紀のテーマは,「安心と調和」になると感じています。

以下は私が考えた100年後の夢です。

1.種の減少に歯止めがかかり,地球環境が19世紀の状態に戻る。
2.天災の予測技術が進歩し,天災や地震を1ヶ月前に予測できるようになる。
3.宇宙で人間が暮らせるようになる。
4.医学の進歩により不治の病がなくなる
5.全世界が共通の言葉で話ができるようになる。

■皆さんは,どのような100年後を夢見るでしょうか。
「1年の計は元旦にあり」ならぬ「100年の計は元旦にあり」
と考え,遠く先を見据えて,2007年を生きていきたいと思います。

 

■〔2〕【編集後記】
年末に,高校の同窓会に参加しました。
卒業後,28年連続開催で,いつもたくさんの仲間が集まります。

継続開催の秘訣は,「昔話」をしないこと。
「将来」の話や「決意表明」などをし合うので,気持ちのリセット
ができるのです。